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6.「白黒つける生き方は、鬱の元~シャドーと楽になる生き方とは~

カウンセリングやヒーリングのクライアントさんの中で割と多いのが、

◎白黒つけなければ納得がいかない。

という方です。

私もそうでしたから、鬱を患ったのですが・・・・。

この生き方は、非常に窮屈で穏やかではありません。


白黒つけなければ納得がいかないというのは、

グレー(中間)の部分が「自分の中には無いから」と考えていらっしゃる方です。

実は「無い」のではなく「グレーな自分が嫌い」という事なのです。

その対象が、黒か白かグレーかを判断する基準は自分です。


人は「自分の中にある嫌いな部分」が嫌いです。

それをユング心理学では「シャドー」と呼びます。

あの上司気に入らないとか、

あの人の行動・言動が気に入らない等の理由を

簡単な例を上げて、説明しますと、

テキパキしている人が、のんびりな人を見ていてイライラする。とか

ハッキリしている人が、もじもじしている人を見てイライラする。



テキパキしている人や、ハッキリものを言う人の心の中にも「のんびり」や「もじもじ」している自分がいるのですが、そんな自分は嫌いなわけです。

育てて頂いたご両親、育った環境の影響もかなりあります。

「テキパキ」・「ハッキリ」しなさい!と育てられると、そうなる方が多いです。

気質の問題もあり、せっかちな人もこの傾向は強いと思います。

ですから、自分が嫌いな「のんびり」、「もじもじ」している方を見ると腹が立ってしょうがないのです。

なので、あの人はあの人という人間、自分は自分という人間であると、

区分けができ、判断基準を自分中心に置かなければイライラすることも無くなります。

白黒つけなければ納得がいかないという方は、判断基準を自分中心に置き、

それを「一般的なことだ」と勝手に判断しているという事です。

仏教哲学の中に「中道」という考え方があります。

「偏らず、真ん中を歩め」という事です。

自分を基準に物事を判断する事は「自分」というフィルターを通しての判断基準ですから、

「偏って」いるわけです。

「真ん中」を歩むとは、自分の判断基準というフィルターを通さない事、

あらゆる視点や考え方があるという事を認めて歩めということです。

聖書の中にも「人を裁いてはならない」という言葉が出てきますが、同じようなことだと考えても良いと思います。

この世で起こる物事のほとんどは、「中間的(グレー)で将来どうなるか分からない」事柄です。

その場で、白黒つけなければいけないという事はほぼ必要ないのです。

白黒の問題は大抵、心の中の問題ですから、時が過ぎれば丸く収まるからです。

物事を2つの基準で物事を判断するのではなく、

人の数だけ、いろいろな視点や考え方があるという事を認め、おおらかさを持つことで、

人生を楽に生きることができます。


とはいえ、「シャドー」の存在は無意識にあるものですから、

表層意識=今意識している状態で、自分にはこんな「シャドー」があるんだ。

と認識する事は通常できません。

無意識=意識できない領域だからです。

「シャドー」の活動が活発になるという事は、自分の中のシャドーを認めず過度に抑制している状態です。

ヒステリーのような、訳の分からない怒りで自分が抑えられない状態が、

シャドーが暴れている状態です。

頭の中が混乱していると仰る方は、シャドーが暴れている状態であるとも言えます。

その状態でお悩みの場合は、

心理カウンセリングで自分の中にあるシャドーの存在を認め、

催眠療法(ヒプノセラピー)で、シャドーを認識し自分との統一をする事で、

改善されます。


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